美冷宮

ピクシブ、カクヨム、小説家になろうで活動している物書きの端くれのブログ

雑談

どうも、底辺物書きです。

 

現代妖草紙の進捗について

さんざん話題がないとか言っときながら、これを全然やってなかったのは何故なのか......

現在、第八話までを書き終えています(というかさっき書き終えました)。

 

で、今は『人消失怪異と男性刺殺事件』編、正式には......どうしよ、「鏡花水月編」?「花鳥風月編」?あ、全てのモチーフが登場してるんで「花鳥風月編」でいきましょうか。もしかしたら変更あるかもしれないけど...

 

まだ刺殺事件についての概要が語られてないですが、もう事件は終盤です。これから手をつける第九話が解決編になります。

読んでくださる方がどれだけいるのやら......

 

 

本当の雑談

最近......というか、2ヶ月くらい前から、「rtした人の小説を読みに行く」なんてタグがツイッターで流行してますよね。

私は、ラノベの中でもあまりメジャーとはいえない妖怪もので、少しでも目立つ為にじゃんじゃん活用してるのですが、ちょっともやもやすることが多いんですよね。

あのタグは、『何でもいいから読みたい!』とか『物書きさんと作品を通じて交流したい!』って人の為のタグだと思うんです。

つまり、自分の読書の為のタグじゃない...というか、書店を物色するみたいに、自分のお気に入りの作品を物色するには不向きなんじゃないかと。

何より、物書きアカウントの方が『気に入った作品だけ読ませていただきますね!』とかって言ってるのを見かける度に、すっごいもやもやするんです。

もちろん、SNSの発言は個人の自由、そーいう使い方をしたい人はそれで構わないのですが、自分としては、物書きが言っていいことなのかなあと。

 

私は中学時代、吹奏楽部に所属していたんですが、当時顧問の先生に、

「演奏者だったら、他所の演奏に対して客面をするな」

という風に言われていたんです。

これ、どういうことかと言うと、

「演奏者は、本番にこぎ着ける為の努力、本番で、お客さんがどんなリアクションをしてくれるのが一番嬉しいかをわかっている。だから、自分達がされて一番嬉しい鑑賞態度でいなきゃいけない」

ってことです。

例えば、ソリストがソロをやって礼をした時に拍手をするだとか、手拍子を要求されたら素直に応じてあげる、とかです。

たったこれだけで、演奏する側はとんでもなく嬉しいんですよね。

 

これを、小説に置き換えても、おんなじことが言えると思うんです。

趣味であれなんであれ、自分の小説を世間に公開してる人って、話を考えて執筆する時の大変さ、自分の作品に感想や反応を下さった時の嬉しさは、言われるまでもなくわかってる筈なんです。経験者ですからね。

なら逆に、例のタグで、

「この作品、なんか気にくわないから読まないわ」

とかって言われてしまうことに対してどう思うかってことも、わかってる筈なんです。

それに、その振る舞いが、

『物書きとして同じ土俵に立っていながらの傲慢な振る舞い』

ってことにも気がつけるんじゃないかなあと。

 

つまるところ、物書きなのに、同じ物書きに対する敬意みたいなものが全然ないんですよね。

それって

「物書きなのに、他の人の作品を読者面して読んでる」

ってことなんじゃないかなあと。

 

まあ、これはあくまでも僕個人の意見、どう思われるかはこれを読んでくださっている方の自由なんですけどね......

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